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忘れがちな日々のことなど

2018年真夏の歴史ツアー 2日目・中編

決戦地を離れ、続いて向かったのは西軍・島津義弘の陣跡。島津といえば、センターぶち抜きですね。

ここはそばにある神社のものか、木々がこんもりと茂っていて、木陰が多い。周りの民家も田舎のおうちという感じで、とても和む。

 

そんな場所からすぐ近くにあるのがこの戦いの開戦地。

 

ここに来る前、関ケ原合戦に関してkindleでこの本を読んでいた。

関ヶ原合戦 家康の戦略と幕藩体制 (講談社学術文庫)

関ヶ原合戦 家康の戦略と幕藩体制 (講談社学術文庫)

 

なんで井伊直政福島正則を差し置いてぶっ放したか、関ケ原に至る経緯も含めてとてもよく分かった。

今は、まさに「みんなのなつやすみ」みたいな風景が広がるココだけど、当時は様々なことが渦巻いていた場所に違いない。

なお、 このすぐ近くが小西行長の陣跡。

右方向のこんもりした森が、島津の陣地。

 

では、ぶっ放されたほう、宇喜多秀家の陣へ参ろう。ちょっとここに行くときにコース取りを間違え、しばし迷子になってしまった。もう一度、地図を見直して、元の道に戻って仕切り直し。こちらに向かうには、 途中で舗装されていない砂利道になる(漕ぎにくいけど自転車で行けます)。うっそうとした森の中、徒歩だと結構怖かったかも。

結構砂利道を進んだ先に陣はありました。

そしてこの砂利道の先に、大谷吉継の墓があります。ただ、自転車ではいけないので、ここでUターン。国道沿いから陣跡へ。

そしてまたまた、ココで道に迷う・・・しばしグルグル回って、ようやく国道へ。思ったよりも国道沿いのルートは長かった。ようやくたどり着き、ふもとで自転車を止める。

JR東海道本線の線路をまたいで、丘を登ります。こちらも結構うっそうとしてる。

ほどなくして陣跡へ到着。

向かいの山が松尾山、下にはJR線と木々に隠れているけど東海道新幹線の線路、その先に名神高速道路が見えます。

松尾山をみながら、どんな思いでいたんだろうねえ。秀秋が裏切ることが分かってて、ここに陣を敷いた刑部の心持ちやいかに。

 

この先が墓なのですが、おそらく山道であること、そして2回も道に迷ったこともあって、体力ゲージがやばいこと。そして時間もやばいこと。断念しました。次回、行ってみたいです。

 

2日目・後編へつづく。

 

【今回のたびマップ】

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